最後の夜汽車 -ブルートレイン・レポ-

03/19 1:00

JRのダイヤ改正にともない、3月14日23時、「ブルートレイン」の愛称で親しまれた寝台列車「銀河」が最後の旅路に出発した。

ブルートレイン 

掲示板 

この日の東京駅10番線のホームにはこの後列車の乗客以外にも、名残惜しくも引退する「銀河」を見送ろうと多くの鉄道ファンがつめかけ最後の“夜汽車”の立会人になろうとホームは混雑を極めていた。
最後の列車を迎える人たち

最後のこの列車に乗ろうとわざわざ広島からやってきたという会社員の吉原さん(39)は夜汽車の良さをこう語る。

「『銀河』はのんびりと旅行ができるからいいんです。飛行機や新幹線だと味気なさ過ぎる」

吉原さん
▲吉原さん(39)

乗車券 

また、定年を向かえてから悠々自適な旅人生活を送っているという酒井さん(73)は
「出発する時の雰囲気がいい。飛行機は味気ない。ブルートレインは人生の縮図ですよ」
と語る。

“人生の縮図”

多くの鉄道ファンが、このブルートレインに惹きつけられるのは、その言葉なのかもしれない。
列車の窓から見る流れる景色というのは、人が列車に乗ることによってはじめて発見された風景だ。それはさながら人生の様々な場面で訪れる情景にも似ている。それを見た詩心溢れるある人が人生に重ねあわせるのは自然なことなのかもしれない。
大木実の「夜汽車」という詩は人生縮図と夜汽車を見事に重ね合わせている。

夜汽車/大木実

いつの旅であったろう
となりあわせた女のひとが
窓に向かって泣いていたのは
その背なで安らかそうに幼児が眠っていたのは

また いつの旅であったろう
むかいあわせた老人が
手紙をしめして行く先をたずね
哀しい身のうえを語ったのは

灯火(ともしび)も暗く すちいむも通わぬ
田舎の小さな町から町へ行く終列車

ああ あのひと達
一時間ほどいっしょに過ごしただけなのに
おそらく生涯 二度と会わないであろう
何でもないあのひと達なのに――

(昭和23年刊「路地の井戸」より)

ブルートレインはこの夜汽車の詩を愛する人たちに愛されたのかもしれない。1つの目的に向かってただひたすら定刻通りに走る夜汽車は、団塊の世代から始まる日本が経済成長していた時期にこそ相応しい乗り物であった。人生を夜汽車に例えることになんのためらいもなかっただろう。

車内

ただ現代は、向かうべき目標もなく、進むべきレールを探すのも困難な時代である。いわゆる「決まりきったレールに乗って進む人生」という多くの若者たちが嫌った人生、その人生自体が良くも悪くも時代状況として成り立たなくなった。

このブルートレインというのはそんなフレーズが成り立った時代の乗り物だ。そして、そのブルートレインが引退するというのは、何やらひとつの時代の終焉を表しているようでもある。

最後の出発

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永井
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